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  • 第62回 正しく恐れ、光明を照らす

    第62回 正しく恐れ、光明を照らす

    第62回 正しく恐れ、光明を照らす

    東京都感通寺聖徒団団長
    教学・霊断法解説講師
    新間正興

    この度の新型コロナウイルス感染症に伴い、心を痛められているすべての方にお見舞い申し上げます。また、最前線にある医療従事者・ライフラインを維持するために、働いて下さっている全ての方々に、心より感謝申し上げます。

    お釈迦様の言葉に「無知の者は恐怖し、有智の者は歓喜す」という言葉があります。新型コロナウイルスの影響により、子供たちの学校は休みとなり、株価は大暴落して、人々の生活に制限が課せられています。こういう状況の中で仏教においては、恐怖しないという境地に立った人が、仏教者・信仰者であると思われるかも知れませんが、決してそうではありません。恐怖を感じることも、恐怖を必要以上に感じないことも、両方が大切に捉えられています。

    ウイルスの世界的な流行の中で必要なことは、正しく恐れるということでしょう。ウイルスなんて俺には関係ない、まったく平気だよということではなく、必要以上に恐れてずっと不安ばかりになってしまうことも、望ましくありません。

    このような状況の中では、心の中に貪・瞋・痴という三つのウイルス・猛毒(三毒)に、知らず知らずのうちに罹ってしまっています。

    人は、悪いウイルスが体に侵入してくると、体の免疫機能によって健康を保ってくれます。ところが、今回のように社会的な混乱が起きている時には、私たちの元々持っている三毒というウイルスが表面化し易くなります。

    貪というのは、必要以上の欲のことです。今回のコロナウイルスでは、マスクの転売が起こりました。マスク不足という、人々の弱みに付け込んで大儲けしようとする人がいました。また、自分だけは助かりたいという思いから、道徳観が無くなり、必要以上の買い占めが起こりました。瞋は怒りです。報道されていたように、順番待ちで殴り合いの喧嘩になっていました。痴とは愚かな心のことです。社会の混乱の時には、様々な憶測や情報が飛び交います。発信源は誰なのか、根拠はあるのか、情報の何が本当に正しいことなのか、冷静な判断と行動が必要です。それが三毒を克服するということです。

    人が振り回す三毒というウイルスの恐ろしさは、歴史が証明しています。中世においてペストが流行した時代には、キリストを殺害したユダヤ人がペストを流行させたとの認識から、迫害と大量の殺戮が行われました。ウイルスによってではなく、人が人によって殺された歴史があります。インフラ・情報・交通網が整えられている現代社会では、必ず治療法は確立されるものです。それまでに私たちができることは、正しく恐れることです。

    世の中がネガティブな情報に溢れているからこそ、バランスを取らなければなりません。世界中の人が感染拡大と戦い、医療従事者が一生懸命に治療してくれています。そんな中、私たちはその様なことは出来ないけれども、せめて自分から明るく振る舞いましょう。政府の対応が悪い、医療機関・保健所の対応が悪いなど愚痴をこぼすのではなく、コロナウイルスの危機から立ち直るために、私たち一人ひとりが役割を担っているのです。

    妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる

    日女御前御返事

    世界は私たち一人一人の個人の集まりでできています。それを政治なんて分からない、世の中に対して影響力なんてないと思ってしまいがちですが、そうではありません。せめて今日一日を明るく過ごして元気を取り戻そう、という姿勢が誰でもできる仏としての行いであり、仏さまの願いです。電灯は明るい時につけるものではなく、暗い時につけるものです。倶生神様の御守護を強くするには、暗い時こそ明るくすることです。不安なときは必ずお題目を唱え、自分のいる場所から少しずつでも、明るくしてください。今、私たちの在り方が試されています。

    東京都感通寺聖徒団団長教学・霊断法解説講師新間正興 この度の新型コロナウイルス感染症に伴い、心を痛められている…

  • 第72話 立教開宗

    第72話 立教開宗

    第72話 立教開宗

    虚空蔵菩薩の御恩をほう(報)ぜんがために、建長五年四月二十八日、安房国東條郷清澄寺道善之房持佛堂の南面にして、浄円房と申者並に少々大衆にこれを申しはじめて、其後二十余年が間退転なく申す

    清澄寺大衆中(せいちょうじたいしゅうちゅう)

    恩師道善御房や同門の僧など清澄の懐かしい人々に迎えられ、長き修学の終わりと無事の帰郷に安堵する蓮(れん)長(ちょう)ではありましたが、その一方で、いよいよ多年に亘る修学の成果を披露せねばならない時が近付いていました。師の勧めにより講話の場を用意された蓮長は、それに先立ち七日間の間一人草庵に籠もると、深い瞑想の日々を送りました。

    それは心穏やかに・・・とは決していきません。その胸の内では、常人にはおよそ耐え難き程の葛藤が、絶え間なく蓮長を苦しめ続けたのです。かつての虚空蔵菩薩への願掛けによって、我が身は日本第一の智者となって真実を得ることが出来た。その大恩に報いるならば、御佛の使いとしてその真実を世に示し、人々を救わねばならぬのは当然のこと。しかしその為に起こり来るであろう苦難は想像に易く、まして縁ある人々にまでそれが及ぶとなれば・・・。蓮長は幾度となくその自問自答を繰り返し続けました。

    建長五(一二五三)年四月二十八日、ついに満願となる八日目を迎え、蓮長はまだ人々が寝静まる寅の刻、そっと堂を後にします。しばし山中を歩いた後、太平洋を眼下に見渡す清澄山の中腹に立つと、黎明の静けさの中で一人その時を待ちました。

    やがて空も白み始め、遠く太平洋の彼方より大海原を明けそめる旭日が深き闇を切り裂くように現れると、大日天子の威光を一身に浴びた蓮長は、天地に轟くがごとく大音声を発しました。「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と。それはまさに、人類史上誰一人としてこの閻浮提内に示すことの叶わなかった、壽量本佛の大慈悲の言霊、そして蓮長自身の魂の発露に他なりません。

    死身弘法の覚悟を以て旭日の前に佇む聖僧は、もはや求教の徒であった蓮長ではありませんでした。それを示すかのように、この期を境として蓮長は自らの名を「日蓮」と改めました。御歳三十二歳の春、我等が宗祖日蓮大聖人のお誕生の瞬間です。その名が示すものは、どこまでも輝き続ける日輪の如く世間の闇を照らし、汚泥にあって気高く咲き誇る蓮華の如く濁世を生き抜かんとする、日蓮大聖人の大慈悲の御心そのものでした。

    かくして御題目始唱を果たされた大聖人は再び持佛堂に戻られると、同日午の刻(正午)を待って参集する聴衆に対し、その後の弘教人生の幕開けとなる第一声を発せられたのです。

    虚空蔵菩薩の御恩をほう(報)ぜんがために、建長五年四月二十八日、安房国東條郷清澄寺道善之房持佛堂の南面にして、…

  • 第74話 無量義経の段 その三十二

    第74話 無量義経の段 その三十二

    第74話 無量義経の段 その三十二

    大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸轉輪王。(無量義経徳行品第一)

    1.僚機を失った者は戦術的に負けている
    (エーリヒ・ハルトマン少佐)

    無量義経 エーリヒ・ハルトマン少佐

    風雲急を告げるウクライナ情勢。この六月号が出るころには、果して如何なる展開になっていることやら。まぁ兎にも角にも、何とか双方納得の道が開けていればと祈るばかりですね。

    で、ウクライナと言えば思い出しますのは(やや不謹慎かもしれませんが)、「ウクライナの黒い悪魔」ことナチス・ドイツ空軍のエース・パイロット(撃墜王)エーリヒ・ハルトマン少佐ですね。

    当時のソ連南部(つまりウクライナ)を主戦場に、必殺の一撃離脱戦法によって、ソ連の戦闘機を撃墜すること、その数なんと三五二機!

    同時期のアメリカ軍のトップ、リチャード・ボング少佐が四〇機。ソ連の英雄イヴァーン・コジェドゥーブ少佐で六十二機。大日本帝国海軍の「零戦虎鐡」岩本徹三中尉すら二百二機?ですから、(それぞれ状況は違うから単純に比較はできないにしても)ハルトマンの撃墜数が如何にズバ抜けているかは一目瞭然なわけですね。

    そんな恐ろしすぎる男の愛機には、一時期黒いチューリップが描かれていたとのこと。そのためにソ連軍は彼を「ウクライナの黒い悪魔」と呼び、恐れたと言います。

    2.ねずみ男は信用できん!
    (子泣き爺)

    かように悪魔と言えば、それは人に危害を与える恐るべき存在。それが今の人が抱くイメージでしょう。

    無量義経 ソロモン王 七十二柱

    しかるに、賢者ソロモン王が使役したと伝えられる七十二柱を見まするに、盗人を捕らえ盗品を取り戻してくれるアンドロマリウス伯爵、温泉の涌く場所を示してくれるケロケル公爵、哲学を教え病人を癒す総裁ブエル(サンデー版鬼太郎最後の敵でしたね)、好きな異性との縁を成就してくれる君主シトリー、地位を与え敵味方双方から援助をもたらしてくれる魔王ベリアル(子泣き爺との名勝負が有名ですな)等々という次第で、まさに御利益のオンパレード。

    いわゆる「御利益別神仏辞典」の類で紹介される、日本の神仏と同様と言っても過言ではないでしょう。そうなんです。実は西洋で恐れられていたデーモン(悪魔)こそが、本来西洋各地にて信じられていた神様だったんです・・・。

    3.おまえは自分の子供に「人間」と名付けるのか? 
    (デーモン小暮閣下)

    白面の相撲解説者として、あるいはトリプル・ファイターや、デビルマンの敵として世間にも知られるデーモン(悪魔)。

    その語源は古代希臘(ギリシア)文明のダイモーン(この名前もセーラームーンSの敵で知られるようになりましたね)からと言います。

    ダイモーンとは、人と神との間に位置する目に見えぬさまざまな霊的存在のこと。常に人々の周りにいて、善きことや悪きことをもたらすといいます。

    殊にエウダイモーンは人間一人一人を専属で見守り常に守護してくれる存在!とされ、日々の善きこと嬉しいことは、ダイモーンのたまものだと古代希臘人は感謝したといいます。

    まさにこれって同生天・同名天のことそのもの。

    そう、古代希臘の叡智も又、倶生神の存在に感づいていたんですね(その恩恵をより確かに頂く方法は、日蓮佛教の登場をまつわけですが)。

    されど唯一神のみを信じるユダヤ、そしてキリスト教の人々から見れば、希臘の宗教なぞ邪教そのもの。ダイモーンは悪いことをもたらす霊的存在デーモンとされ、さらには唯一神以外の宗教の神々を一括りにする総称となって、今に伝わっているわけです・・・。

    大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸轉輪王。(無量義経徳行品第一) 1.僚機を失った者は戦術的に負けている(エーリヒ・…

  • 第61回 感謝の祈り

    第61回 感謝の祈り

    第61回 感謝の祈り

    和歌山県和歌山市
    安楽寺聖徒団団長
    吉野俊幸

    「ちゃんと、ありがとうって言った?」私が子どもによく言う言葉です。

    知恩をもて最とし、報恩をもて前とす

    日蓮大聖人「聖愚問答鈔」

    「恩を知ることと、恩に報いることを一番大切にしなさい」という日蓮大聖人のお言葉です。

    安楽寺に十年前に来られた、当時四十才の女性のお話です。

    初めて来られたときは、仕事のことで悩んでいました。その女性は百貨店のアパレルショップで派遣社員として働いていましたが、上司と反りが合わず、仕事に行くのが辛い状況でした。話を聞くと、今までずっと仕事の人間関係が上手くいかず、転職を繰り返してきたとのことでした。そこで、今の職場を九識霊断法で鑑定した結果「今の職場は本来あなたにとって良い環境のはずです。これ以上の職場はなかなか見つかりませんので、転職を考えるのは少し待ってください。また、毎月お祈りして、仏さまに守ってもらいながらゆっくり進んでいきましょう」と指導し、倶生神月守を着帯するように勧めました。

    それ以来、毎月の盛運祈願祭だけでなく、頻繁にお寺にお参りするようになりました。

    しかし、半年経っても仕事の問題はなかなか改善しませんでした。霊断法では良い環境と出ています。私は「何か間違っているのだろうか。本来は良い環境のはず・・本人はそのことに気付いていないだけなのか。気付かずに不平不満だけが大きくなっているのだろうか。そうだとしたら、本人に足りないのは感謝の気持ちかもしれない」と思い、すぐに本人に伝えました。

    感謝の祈り
    それ以来、女性はお参りの時に、仏さまに感謝するようになりました。すると自然に仕事中も感謝の気持ちが芽生えてきて、人間関係が良くなっていきました。女性は「お祈りを始めてから、徐々に仕事に向き合えるようになれました。お守りさんと仏さまのお陰です。ありがとうございます」と言ってくれました。今でも感謝の気持ちでお参りを続けています。

    倶生神(くしょうじん)さまは誰にでも

    皆さまが着帯している倶生神月守は、倶生神さまという神様のお守りです。倶生神さまは大変に慈悲深い神様で、私たちが生まれてからずっと守ってくれています。老若男女、誰でもです。月守りを着帯しているかどうかに関わらず、誰にでもです。

    感謝の祈り
    しかし、月守りを着帯しているかどうかで大きな違いがあります。それは、倶生神さまが居ること、いつも守ってくれていることを知っているかどうかです。知っていると知らないとでは天と地ほどの違いがあります。何故なら、知っている人は、自然と倶生神さまに感謝の気持ちが湧き出てくるからです。これは大変に大きな違いです。感謝の気持ちで祈ることができると人生が変わっていきます。この気持ちを忘れないために、月守りを毎月交換して着帯を続けていくことが大切です。

    知恩をもて最とし、報恩をもて前とす

    月守りを着帯し、朝起きたら「今日も一日お守りください、南無妙法蓮華経」、夜寝る前に「今日も一日ありがとうございました、南無妙法蓮華経」とお祈りください。

    そして小さなお子さまにも月守りの着帯を勧めて、こう聞いてあげてください。「ちゃんと、ありがとうって言った?」

    和歌山県和歌山市安楽寺聖徒団団長吉野俊幸 「ちゃんと、ありがとうって言った?」私が子どもによく言う言葉です。 …

  • 第71話 立教開宗前夜

    第71話 立教開宗前夜

    第71話 立教開宗前夜

    日蓮此れを知りながら人々を恐れて申さずば、『寧喪身命不匿教者』の佛陀の諫暁を用いぬ者となりぬ。いかんがせん。いはんとすれば世間をそろし。止とすれば佛の諫暁のがれがたし。進退此に谷り。むべなるかなや、法華経の文に云く『而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し、況んや滅度の後をや』。又云く『一切世間怨多くして信じ難し』等云云

    報恩鈔(ほうおんしょう)

    建長五(一二五三)年、比叡山を後にした蓮長(れんちょう)は故郷安房国を目指して帰郷の徒につきました。おそらく東海道を通ってまっすぐに向かったと思われますが、その年の春には清澄寺へ帰山したとされています。

    清澄では師道善房を始め山内の兄弟子や同輩、そして帰山の噂を聞きつけた近隣の僧侶や貴族、武士たちも押しかけ、大変な賑わいとなっていました。それだけ比叡山で高学を修めた修行僧を迎えることは、片田舎の寺院にとって誉れ高きことであったのです。

    蓮長はさっそく師に帰山の報告をし、また懐かしい同門の僧侶たちと対面しました。皆蓮長を囲んでは、口々に色々なことを訪ねます。叡山での高度な学問のことから、まだ見ぬ都の様子まで、中には都で学問を積んだ偉い坊さんが帰ってきたから、一目その顔を拝みたいと来山する者までいたことでしょう。

    旅の疲れを癒す間もなく、蓮長は次々と訪ね来る人々と対面をします。一様に穏やかな面持ちでそうした人々と相対する蓮長ではありましたが、なぜか発せられる言葉は決して多くはありませんでした。なぜならば、蓮長の帰山の目的は明らであり、それは師や兄弟子と言えども軽々に明かすべきものではなかったからです。

    それは、佛滅後の長き歴史の中で唯一天台智者大師のみが示し、伝教大師が我が国にもたらした真実の法、『法華経』の教えを正しく復興し、世間に蔓延する邪信を正すことに他なりません。それが虚空蔵菩薩に誓願を立ててより二十年にも亘る修学の成果として、導き出した答えであったのです。

    蓮長が為すべきことははっきりとしていました。しかし、それを成し遂げることが己に出来るのであろうか。末法といわれ僧服を纏う者までが本心を失った時代に、釈尊の真実の法を口にするならば、人々の誹謗中傷の的となることは明らかでした。誓願を立てた己が身に及ぶものならばまだしも、それが恩深き父母、親類縁者までもが危機を蒙るとしたら、はたして自分はそれに耐え得るであろうか・・・。

    叡山を下りてよりこの方、蓮長は激しい葛藤に苦しみ続けました。間もなく迎えるであろう光り輝く夜明けも、今はまだ深き夜のとばりにつつまれているのでした。

    日蓮此れを知りながら人々を恐れて申さずば、『寧喪身命不匿教者』の佛陀の諫暁を用いぬ者となりぬ。いかんがせん。い…

  • 第73話 無量義経の段 その三十一

    第73話 無量義経の段 その三十一

    第73話 無量義経の段 その三十一

    大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸轉輪王。(無量義経徳行品第一)

    1.大したことをしたわけではない。当然のことをしただけです
    (杉原千畝(すぎはらちうね))

    無量義経 アンネ・フランク

    東京では『アンネの日記』が受難とのこと。じゃあ千畝さんの本もヤバいじゃんと懸念していましたら、案の定、千畝さんの伝記も被害に遭ってるとのこと。ホント不可解な事件ですな。

    さて、アンネに千畝さんといえば、共通のキーワードは当然あのホロコースト。

    ナチス第三帝国によるユダヤ人大虐殺のことですが、実はユダヤ人への迫害は、ナチスだけのことには非ず。ユダヤ人たちが国を失い流浪の民となって以来、延々と続けられてきた、いわば西洋社会の暗黒面なのです。

    なにしろ彼らの最後の国家ユダ王国が滅亡したのが、紀元前五八六年!で、今のイスラエルが建国されたのが、第二次世界大戦後の一九四八年!なんと二千年以上の長きに亘り、迫害され続けてきたんですから、壮絶な話ですね。

    2.賢者は聞き、愚者は語る(ソロモン王)

    いやしかし、二千年以上もイジメ続ける方も、ホントにしつこい話ですが、二千年以上も国家の再建を目指す方も壮大なお話。

    毎年毎年の米作りに追われてきたが故に、数十年スパンでの展望が苦手な我ら農耕民族には、とてもとても真似の出来ない話ですな(それだけ彼らの信仰が強烈な訳ですね)。

    そんな彼らが理想としたのが、紀元前一〇二一年、約束の地カナン(今のパレスチナ)に建国されたというイスラエル王国。

    建国の主は、ミケランジェロの彫刻でお馴染みのダビデ王(デビット・リンチやデビット・ボウイのデビットの語源だそうな)、イスラム教からも偉大な預言者と評される、国家統一の英雄です。

    そのダビデ王の後を継ぎ、王国を大いに栄えさせたのが、賢王ソロモン。この古代ユダヤ最高の賢者と讃えられるソロモン王こそが、名前の力を以て様々な魔法を現じたという、伝説の魔術師なのです。

    3.ソロモンよ 私は帰ってきた!(アナベル・ガトー少佐)

    無量義経 ソロモン

    賢者と言えばソロモン、ソロモンと言えば賢者。

    賢王ソロモンこそは、唯一神から智慧を授かったとも、ユダヤ教の秘儀カバラの奥義を託されたとも伝えられる、いわば西洋における賢者の代表選手。あの大岡越前の「子供を取りあう裁判」での名裁きも、実は賢王ソロモンの裁きが元ネタだということは、かなり有名な話ですね(同じケンオウでも、悪人たちの元締めだったくせして、自分の人生に悔いはなしなどと自己完結するこまったちゃんな某ケンオウとはえらい違いですな)。

    そんな賢王なればこそ、ソロモンは七十二体のデーモン(悪魔)を自在に召喚し、意のままに操ったといいます。これぞ世に名高きソロモン七十二柱。

    いやいやいや、悪魔を召喚するなんて、どんな悪事をやるんかい!とツッコミたいところですが、実はデーモン(悪魔)という存在は、いわゆる怪人・獣人・奇械人・改造魔人等々と言った、ヒーローと戦うクリーチャーみたいに、悪事に特化してるわけではありません。

    それどころか逆に、人間に取って、とても役に立ったりする力の持ち主だったりするんです・・・。

    大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸轉輪王。(無量義経徳行品第一) 1.大したことをしたわけではない。当然のことをした…

  • 第60回 仏さまに感謝 ~祈れば希望が持てる~

    第60回 仏さまに感謝 ~祈れば希望が持てる~

    第60回 仏さまに感謝 ~祈れば希望が持てる~

    島根県出雲市
    妙本寺福徳聖徒団修徒
    小山亮廣

    私は母から「いつも仏さまが守ってくれるよ」と言って倶生神月守を持たされていました。なかなか仏さまを実感できませんでしたが、私が心の病になって初めて体験できました。それは、五十一歳の血気盛んなころ、ある企業から新会社設立に協力して欲しいと誘われ、始めた会社での出来事でした。

    仏さまに感謝
    そこは「人生ピンピンコロリ」と日々健康で快適な暮らしを提供する会社でした。両親が病弱だったので「健康で快適な暮らしを提供したい」と意気込んで入社しました。当初、部下たちは私の思いに共感し、一緒に働くことを喜んでくれました。

    ところがその意気込みは、鞭で叩くように相手に伝わってしまい、部下との距離は扇が開くように少しずつ離れて行きました。私は両親が結婚して十年目にできた子供で、感情や行動が先走る性格から気づけませんでした。

    「部長の指示は不適切です。管理者としての能力を疑います」とメールが来たり、仕事の指示を出しても「今は忙しいから無理です」と反発されたり、「それって私がやるべき仕事なんですか」「部長がやればいいじゃないですか」と仕事を断れられる有様でした。それも一人の部下だけでなく部署全体から同じような扱いを受けました。

    社長にこのことを相談すれば、自分の無能さをさらけ出すと思い沈黙していました。思うように行かない自分が情けなく、お酒で誤魔化す日々となり、お酒の量がどんどん増えていきました。

    そんなある日、社長から「しばらく、一人で活動して貰います」と、いわゆる「窓際」への異動を命じられました。

    その頃に相談したお上人から、「いい会社だけど、何か霧がかかっているなぁ」と言われました。霧がかかるのは私の心です。心にかかる霧は濃霧となり、会社も休みがちになりました。地獄の底にいるようでした。

    その頃、娘は日記に「家に帰ったら、父がいないことを願う。父が嫌いなわけではなく父が仕事に行っていることを願っている。その願いはかなわない事が増えた」と書いていました。

    私は「自分が吸う空気は他人のもの。自分が吸ってもいいのかなぁ。ダメだなぁ。自殺した人もこんな気持ちだったのかなぁ」と、思った瞬間!「心の奥底から、今すぐ病院へ行きなさい!」と、仏様の声が聞こえました。自らの足で、直ぐ会社の健康相談室へ駆け込むと「私が居る病院へ入院しましょう」と、担当の先生がすぐに手配してくれました。

    それから三ヶ月の入院。治療中の少しの暇も惜しんで、倶生神月守をギュッと握りしめ「仏さま、どうか助けてください」と心に念じ、お題目を唱え法華三部経を繰り返し繰り返し読みました。すると、日常の風景が違って見えてきました。治療中に歩く足元の雑草にも山々の木々にも漂う空気にもみんな命が宿っていること。空気を吸って生かされている自分がいること。感情や行動が先走る自分に気づき反省した時、南無妙法蓮華経の世界に生かされている自分を感じ、感謝できるようになりました。

    仏さまに感謝
    入院を勧めた先生から「小山さん、あの会社へ復職するのは辞めましょう。別な人生がありますよ」と言われました。それは「生きていい。生きましょう」という、仏さまの声だと受け取りました。

    日々暮らす中、知らず知らずのうちに心に霧がかかることがあります。それがいつの間にか濃霧になります。自分ではどうしようもない不安が襲い掛かり苦しくて、生きているのが辛くなることがあるかも知れません。そんな時には、お題目を唱え、仏さま、お祖師さまにすがるしかありません。私は病室でお題目を唱え、仏さまに出会い、霧に包まれた心が晴れました。いつも、どこにも、仏さまはいらっしゃいました。

    皆さまも、南無妙法蓮華経の世界に生きるよろこびを、倶生神月守をしっかりと握りしめ、お題目を唱え、心が晴れるという状態を味わっていただきたいと思います。

    島根県出雲市妙本寺福徳聖徒団修徒小山亮廣 私は母から「いつも仏さまが守ってくれるよ」と言って倶生神月守を持たさ…

  • 第70話 帰郷への道程 その四

    第70話 帰郷への道程 その四

    第70話 帰郷への道程 その四

    幼少の比より随分に顕密二道並に諸宗の一切の経を、或は人にならい、或は我と開き見し、勘へ見て候へば、故の候ひけるぞ。我が面を見る事は明鏡によるべし。国土の盛衰を計ることは佛鏡にはすぐべからず

    神国王御書(しんこくおうごしょ)

    蓮長(れんちょう)が比叡山での修学を志してより、早十二年の月日が過ぎようとしていました。その歳月の長さは、開祖伝教大師の定めた『山家学生式』の修学規範を十分に満たすものでした。あるいは叡山に籠もり三塔の教えを請い、またあるいは各地を訪ね歩いては碩学の師や秘伝書を求め、まさに寸暇を惜しむ行学の日々を過ごしたのです。

    一言に「学ぶ」といっても、ただ机上にて書物に目を通すだけでは、成佛の直道を掴むための智慧を得られるはずもありません。もとより学問を志す蓮長の思いは、「恩ある人をもたすけんと思ふ」との一点に尽きます。その為には、まごう事なき真の成佛を得ることができなければ、若き日々を学問に費やした努力もすべては徒労に終わるのです。

    膨大な数の経典や論書を読み解き、大海よりも広く深い知識を得ながらも、それだけに留まることなく、あるいはその眼で見、あるいはその耳で聞き、己の全身を用いてこの娑婆世界の中に秘められた実相を見極めなければならないのです。

    そう思えば、十二年という月日は蓮長にとってほんの僅かな時であったやもしれません。はたして釈尊が我等に示された真の成佛とは何か、その問いに答えることのできる智者は何処におわすのか、悩み、苦しみながらもたった一つの答えを求めて随分と彷徨い歩いた末、遂に蓮長は一つの結論に至ったのです。それは、もはや人々の虚ろな言葉の中に己の求める答えなどなく、ただ釈尊一人のみが我が師であるという事実でした。その瞬間、蓮長はいかなる人師をも越え、文字通り己が「佛弟子」であることを自覚したのです。

    釈尊御一代の弘教の中で、我等衆生のために最後に伝えんとした『法華経』のみが、己の依りどころとすべき答えであり、その『法華経』の教理を唯一後世に伝承することのできた天台、伝教の二師のみが、敬うべき先師であったのです。その真実に気付いた蓮長が、今一度日の本随一の学府と称えられる比叡山を見渡せば、そこには既に二師の遺徳など見る影もなく、いままさに真言密教や浄土念佛の教義に飲み込まれようとする学僧の蔓延する山の姿があるのみでした。

    十二年前、高き志を以て訪れたはずの比叡山が、邪知の徒によって無残なまでの姿となった惨状をその眼に焼き付けた蓮長は、今その胸に深く刻み込んだ佛勅を携え、静かに山を後にするのでした。

    幼少の比より随分に顕密二道並に諸宗の一切の経を、或は人にならい、或は我と開き見し、勘へ見て候へば、故の候ひける…

  • 第72話 無量義経の段 その三十

    第72話 無量義経の段 その三十

    第72話 無量義経の段 その三十

    大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸轉輪王。(無量義経徳行品第一)

    1.まあレプカに伝えてくれや。今から、そっち行くってな!
    (ダイス船長)

    波平さんばかりが取り沙汰される結果となった、永井一郎さん急逝のニュース。されど波平さんだけが永井一郎には非ず。もっとダイス船長、そしてジョドーのことも語られるべし。

    そう、ダイス船長と言えば「未来少年コナン」、ジョドーと言ったら「ルパン三世カリオストロの城」の名キャラクター。

    どちらも昨年突然の引退宣言で世間を驚かした(一部では「またまた言ってる」とも囁かれている)、あの宮崎駿監督の初期代表作(前者は初テレビ作品、後者は初映画作品)なわけですが、その宮崎監督の作品中、最もヒットした作品(というか、国内における洋画邦画併せての興行収入第一位)と言えば、(残念ながら永井さんは出てませんが)もちろん二〇〇一年公開の「千と千尋の神隠し」ですね。

    トンネルの向こうの不思議な町に迷い込んだ少女荻野千尋は、魔女湯婆婆(ゆばーば)によって両親を豚に変えられ、あまつさえ自身は魔女の経営する湯屋(銭湯)で下働きさせられることとなり・・・、という皆さんご存知の幻想譚なわけですが、この作品中で、重要な意味をもってくるのが、それこそ「名前」なんですね(ネタバレ赦したまえ)。

    2.今からおまえの名前は千だ。いいかい、千だよ。
    (湯婆婆)

    まず千尋は魔女湯婆婆から名前を奪われた上に、「千」という名前に変えられることで、彼女に従属させられてしまいます。そんな彼女を影から助ける謎の少年ハクは、決して千尋という本名を忘れないようにと助言します。

    なぜならそのハクもまた、湯婆婆に本名を奪われて、別の名に変えられた身の上。しかも本名を忘れてしまったハクは、湯婆婆の完全なる支配下に置かれ、命を削ってまでして、婆婆のために使役されていたのです。

    いいようにこき使われ、衰弱していくハクを助けるため、千は奮闘します。その甲斐あって、ついにハクがその本来の名前「ニギハヤミコハクヌシ」[天孫降臨(てんそんこうりん)された「ニニギノミコト」‐神武天皇の曽祖父‐に先立ち、高天原から日本へ降臨されたという神様、「ニギハヤミノミコト」がモデルだそうですね]を思い出すことで、魔女の呪縛を断ち切り、神として再生するシーンこそが、いわばこの作品最大のクライマックスとなります。

    そうです、実はこの映画は、名前とは人やモノを識別するための単なる目印や表札ではなく、その人、そのモノの本質を司るもの、名前こそが、その人やそのモノの存在そのものだという、東洋に伝わる古来の真理を教えてくれる作品だったんですね。

    3.名前を恐れていると、そのもの自身に対する恐れも大きくなるのだよ 
    (ダンブルドア)

    名前はその人の本質そのものを司るが故に、ぞんざいに扱かわれることは、その人自身の本質がぞんざいに扱われることとなります。悪意を以って使用されると危険が及ぶことにもなりかねません。

    だからこそ古の人々にとって、互いに本名を呼ぶことは厳重なるタブーだったのです。そこで、代わりとなる字や称号と言った仮の名で呼び合っていたんですね。

    いわばギリシアのアキレスにとってのアキレス腱、ミケーネの戦闘獣にとっての人面部分のように、本当の名前こそが、私たちの弱点となるものだったわけです。

    されど、私たち普通の人間とは異なるより強大なるもの、高次なる存在の名前の場合、それは弱点ではなく、逆に大いなる攻めの一手、必殺の呪文になっちゃう場合もあるのです・・・。

    大轉輪王小轉輪王。金輪銀輪諸轉輪王。(無量義経徳行品第一) 1.まあレプカに伝えてくれや。今から、そっち行くっ…

  • 第59回 倶生神月守のすすめ

    第59回 倶生神月守のすすめ

    第59回 倶生神月守のすすめ

    岐阜県郡上市
    大妙法寺聖徒団 団長
    三木一乗

    倶生神月守は、宗旨(家の宗教)に関係なく持つことができるお守りで「ぐしょうじんつきまもり」と読みます。

    このお守りは倶生神さま(同生天と同名天というお二人の神さま)が「あなたを護ります」という契りの(あかし)です。

    ●同生天・・・あなたの生命(健康)を護って下さる神さま。

    ●同名天・・・あなたの生活(経済)を護って下さる神さま。

    〈大切なこと〉

    ●お題目を信じ、唱えて下さい。

    ●いつも肌身離さず、月守りを着帯して下さい。

    ●毎月、月初めに新しい月守と必ず交換して下さい。

    月守は仏壇や神棚に置いたままにしたり、鞄や財布に入れて持ち歩いたりせず、家にいるときも外出するときも、お守り袋に入れて首から提げるなど、必ず身につけて下さい(これを着帯するといいます)。

    日蓮宗全国霊断師会連合会 発行 『倶生神月守りのすすめ』より

    盛運祈願会とは、新しい月守に交換する法要儀式です。毎月お参りして祈りを捧げることにより、倶生神さま(同生天と同名天)のご加護は益々その力を増します。更には、最初は顔見知りから始まり、会釈・挨拶を交わすようになり、家族ぐるみのお付合いまでに発展した方々もいます。ご縁により夫婦となった男女もいますが、そのお話は次回に。今回は他宗の檀家である七十九歳の男性Aさんを紹介します。盛運祈願会

    Aさんは、在職中から夫婦で家庭菜園を趣味としていました。定年退職後、お寺近くの生家に戻り、親から相続した畑で野菜を栽培し、地元の道の駅にも卸しています。必ず毎月の盛運祈願会にお参りし、別所に暮らす息子家族分もいただいて郵送しています。更には毎月中旬にも訪れ、御宝前に返納された先月以前分の月守一つ一つを手にします。

    数年前に、古い月守はAさんが月中旬に再度お参りするまで御宝前に置いといて欲しいとお願いされました。理由を尋ねると「風呂に入る時以外、真夏の畑作業でも提げておる。交換されたお守りのなかで、汗染みで色褪せ、すり切れているのを見つけると、自分への励みとなるんや」とのことでした。

    人には必二の天、影の如にそひ(添)て候。所謂一をば同生天と云、二をば同名天と申。左右の肩にそひて人を守護すれば、失なき者をば天もあやまつ事なし。況や善人におひてをや。されば妙楽大師のたまはく、必仮心固神守則強等云云。人の心かたければ、神のまほり必つよしとこそ候へ。

    『乙御前御消息』

    右文二重線「必ず心の固きに仮りて神の守護も則ち強し」。倶生神さま(同生天と同名天)のご加護は益々その力を増します。

    お題目を唱え、このお守り・倶生神月守をお持ち下さい。

    ●護られている安心感に包まれます。

    ●神秘的なご守護がいただけます。

    ●幸せな人生がすごせます。

    朝一番に「今日も一日お護り下さい。南無妙法蓮華経」とお題目を唱えて着帯し、一日の終わりには「今日も一日ありがとうございました。南無妙法蓮華経」と感謝のお題目を唱えて下さい。

    そして、これが日課となるような信仰生活を送りましょう。

    日蓮宗全国霊断師会連合会 発行 『倶生神月守りのすすめ』より

    岐阜県郡上市大妙法寺聖徒団 団長三木一乗 倶生神月守は、宗旨(家の宗教)に関係なく持つことができるお守りで「ぐ…