日蓮聖人降誕800年
日蓮宗全国霊断師会連合会
日蓮大聖人が歩まれた道 日蓮大聖人が歩まれた道

#036

新たなる修学への道

幼少より名号を唱候し程に、いさゝかの事ありて、此事を疑し故に一の願をおこす。日本国に渡れる処の佛経並に菩薩の論と人師の釈を習見候はばや。(中略)所詮肝要を知る身とならばやと思し故に

妙法比丘尼御返事
新たなる修学への道

鎌倉での修学を終え清澄山に戻った蓮(れん)長(ちょう)ではありましたが、いまだその成果に満足をしているわけではありませんでした。

知識の高さでは既に山内の他僧を抜きん出ており、『戒体即身成佛義(かいたいそくしんじょうぶつぎ)』の内容を拝するに、浄土や禅の教えは勿論のこと、果ては八宗の肝要をも修得していたことが覗えます。おそらく鎌倉よりの帰山以来、蓮長にその教えを授からんと願い、その庵を訪れる者が後を絶たなかったことでしょう。幾度も振り返りながら母に別れを告げ、清澄の山を登った幼き修行僧は、いつしか師に達する程の深い知識を身に付けた、立派な青年僧へと成長していたのです。

それでも幼き頃よりの疑問は、一向に晴れることがありません。「世に八宗、十宗と沢山の門派があり、それぞれが自宗の優位を声高に謳っているが、はたして釈尊のご真意はいったいどこにあるのであろうか・・・・」と。殊にこの時期には、関白九条道家によって京都五山の一つである東福寺が新寺建立され、臨済宗の高僧である円(えん)爾(じ)弁(べん)円(えん)が開祖として招かれるなど、いよいよ禅宗の勢力が盛んになっていました。また鎌倉で幾たびも見た光景は、弥陀の慈悲に縋(すが)らんと念ずる哀れな大衆の姿でした。

しかし一向に治まらぬ世情を見るに、蓮長の懐く疑問は大きくなるばかりです。蓮長は浄土、禅、そして八宗の学問をも修めた身の上であって、いまだ答えが見い出せずにいる我が身を嘆きました。そして鎌倉では学びきることが出来なかった真言の奥義、更には自身の出家の根本とも言える天台の真義を、今一度学ばなければならないとの結論に至ったのです。

前回でもお話ししました通り、この時点での両学の不十分さは、『戒体即身成佛義』での過ちに明らかでありました。「理(り)同事(どうじ)勝(しょう)」に傾倒し、同書の結論を真言の戒に求めてしまった浅学さを知るのは、偏(ひとえ)にこの後の再遊学での成果によるものです。衆生(しゅじょう)救済(きゅうさい)の大白法である『法華経』の真の価値を見出し、私たちの知る末法の大導師となられる、日蓮大聖人の誕生に至る学問の旅が、いよいよ始まろうとしているのです。

イラスト 小川けんいち

※この記事は、教誌よろこび平成26年8月号に掲載された記事です。
小泉輝泰

小泉輝泰

宗会議員
霊断院教学部長

千葉県顕本寺住職

バイクをこよなく愛するイケメン先生

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