日蓮聖人降誕800年
日蓮宗全国霊断師会連合会
日蓮大聖人が歩まれた道 日蓮大聖人が歩まれた道
小泉輝泰

小泉輝泰

宗会議員
霊断院教学部長
千葉県顕本寺住職

バイクをこよなく愛するイケメン先生


#022
諸国遊学への道
その一

わずかに差し込むだけの薄明かりと、言葉を交わす者なき静寂。蓮長(れんちょう)が虚空蔵菩薩の御前にて願を掛けてより、早二十日が過ぎようとしていました。そしていよいよ二十一日目の朝を迎えた時、不思議な光景を目の当たりにしたのです...


#021
虚空蔵菩薩への願い
その二

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)より智慧の大宝珠を授かってより、いよいよ深き法門を求めて更なる勉学に励む蓮長でしたが、そこには大きな壁が立ちはだかるのでした...


#020
虚空蔵菩薩への願い

その日、清澄寺のご本尊としてご奉安される虚空蔵菩薩の前には、出家を果たし蓮長(れんちょう)となった若き日蓮大聖人のお姿がありました。蓮長は一つの大きな願いを胸に、虚空蔵菩薩に一心に祈りを捧げていたのです。「我をして、日本第一の智者となし給へ・・・」と...


#019
出家得度のご決意
その二

今回ご紹介した一節は、いつものような日蓮大聖人のお言葉ではなく、かの後鳥羽上皇が流罪先の隠岐にてしたためられたものです。このご文章は、現在大阪は島本町の水無瀬神宮に所蔵され、国の重要文化財にも指定されている大変貴重な古文書です..


#018
出家得度のご決意
その一

清澄山にて学問の一途に勤しんでこられた薬王丸でしたが、いよいよ人生の一大転機となる時を迎えようとしていました

嘉禎三(一二三七)年十月八日、山内では僧侶たちが一堂に会し、厳かなる儀式が営まれておりました。その中心には、兄弟子浄顕房、義浄房に付き添われながら手を合わせ、深く頭を垂れる青年の姿がありました。その日、薬王丸は道善御房を戒師と仰ぎ、髪を下ろして俗世間との別れを告げ、ついに出家者としての第一歩をしるされたのです...


#017
清澄寺ご修学
その三

時は嘉禎三(一二三七)年、善日麿が清澄のお山へ登り、薬王丸と名を改めてより早や四年の歳月が過ぎようとしておりました。御歳十六(満年齢では十五)歳、入山当時はまだ幼さの残る稚児も、立派な少年のお姿へとご成長なさっていたことでしょう...


#016
清澄寺ご修学
その二

このご文章は、前回ご紹介しました浄顕房にお送りになったものです。これによると、諸国遊学を終え清澄での初転法輪(初めてのお説法)の折、熱心な念仏の信者であった地頭東条景信の怒りにふれ、山を追われることとなった日蓮さまに付き従い、浄顕、義浄のご両師も忍び山を下りられたというのです...

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