日蓮聖人降誕800年
日蓮宗全国霊断師会連合会
法華経のお話 法華経のお話

#017
無量義経の段その二
(四)

是の如く、我聞けり

過去にも未来にも無数に在す佛様。その三世の佛様の説かれる教えが記録される際、この記録書、つまりお経の冒頭に置かれる言葉こそが「エーヴァム・マヤー・シュルタム」、すなわち「如是我聞」(是の如く、我聞けり)です。

その意味は「このように、私は佛様からお聞きいたしました」ということ。今あるお経においては「お釈迦様からお聞きいたしました」となり、別の佛様の時代には、「(その)佛様からお聞きいたしました」となるわけです。どんなに宇宙が四劫を繰り返すとも、このフレーズは変わることはありません。

如是我聞

なぜなら、この「如是我聞」には、次の四つの役割があるからです。まず一つは、お決まりのフレーズで、安心して皆を話の内容へ導いていくということです。

人気のあるお笑い芸人は、つかみとして定番のギャグをネタの冒頭にもってきます。観客もこの芸人なら、つかみはこれだという暗黙の了解があって、安心して笑いに興じていけます。つかみのギャグはこれ!と周知された芸人ほど、広く一般に親しまれた人気者といえるわけです。

お経においても、冒頭のフレーズがパターン化されることで、お経の冒頭はこうなのだと皆が周知してくれます。その皆の思いこみ通りにはじまることで、そのまますんなりと教えに入っていけるわけです。多くの人たちの思い、考えに合わせて佛教に導く。そのための「如是我聞」なのです。

塩入幹丈

元霊断院主任

福岡県妙立寺前住職

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