日蓮聖人降誕800年
日蓮宗全国霊断師会連合会

法華経のお話 法華経のお話

塩入幹丈

元霊断院主任
福岡県妙立寺前住職


#048
無量義経の段 その十一

(四)霊水の深山に謎の美少年を見た!

勅命を受け、水の流れを遡り、深く険しい山中へ踏み込んでいく調査隊。

そこで彼らが発見したのは、古びた妖しき庵。それも廃墟ではなく、あきらかに人の生活している気配!...


#047
無量義経の段 その十一

(三)霊水の水源をさぐれ!

霊水の水源をさぐれ!

千年も一瞬の光の矢。薄幸の美少年が流罪されてから、時は流れて一千年。

周王朝もやがて滅び、秦帝国、前漢帝国、新帝国、後漢帝国と震旦の支配者もその間に目紛(めまぐる)しく変わり、やがて魏・呉・蜀の三国が覇権を競う世、震旦歴史上最も人気のあるだろう、お馴染み三国時代でのことです。...


#046
無量義経の段 その十一

(二)英雄は美少年がお好き

王宮での穆王は菊慈童(きくじどう)という名の美少年を常に侍(はべ)らせ、殊のほか寵愛したといいます(すいません!ソクラテス・シーザー・劉邦・信玄・信長・家光等々と、キリスト教が広まる以前の国々は東西問わず、美しければジェンダーに拘らない英雄、賢者は多いものなんです…)。...


#045
無量義経の段 その十一

(一)東の王者は君だ!

大転輪王、小転輪王、金輪、銀輪、諸輪之王の一人として、法華経説法の場に駆け付けた周の穆王。

この時にお釈迦様は、多数の転輪聖王(てんりんじょうおう)の中でも、特に印度からはるか遠く離れた東の地より訪れた穆王に、特に注目されたと伝えられます。...


#044
無量義経の段 その十

(二)日本の神々、天竺へいく

日本の神々、天竺へいく

「日本国の守護神たる天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神神、総じて大小神祇等体の神つらなる、其余の用の神豈もるべきや」(日女御前御返事) 同時代ゆえ、そして八駿の存在ゆえ穆王は法華経の場に参加できた…。

と言うと「震旦だけ王が参加とは、自虐史観の一環ですね。わかります」と誤解されるかもしれませんが、残念ながら皇室の成立は、西暦では紀元前六六〇年なので、この時代にはまだ存在していません。...


#043
無量義経の段 その十

(一)穆王、天竺へ行く

穆王、天竺へ行く

世界を統一する転輪聖王(てんりんじょうおう)は、求めざるとも自ずと豪華なる宝をゲットすると言います。

(男から見て)完璧なる理想の正室さん(すいません!昔なんで一夫多妻です)はじめ、素晴しい珠、輪、象、馬、主兵、長者の七つ、七宝です...


#042
無量義経の段 その九

(三)覇王より王者

覇王より王者

震旦(しんたん)(中国)の儒教では、武力や策略という力によって天下を取り、世を支配することを覇道と言い、覇道を行う者を覇者、あるいは覇王と言います...

対して徳によって人々を従え、平和裏に世を治めることを王道、王道を行う者こそ王者と言うのです...


#041
無量義経の段 その九

(二)武王より唐尭・虞舜

武王より唐尭・虞舜

異体同心の鑑とも言うべき周が、同体異心の塊たる殷商王朝を打破した殷周革命。

この時、周の武王(成王の父にして周公の兄)を批判し、周の革命を真っ向から拒否したのが、当時高名な隠者(知的なニートたちのこと)伯夷(はくい)と叔斉(しゅくせい)の兄弟です...


#040
無量義経の段 その九

(一)王より皇

第一回目の放送早々、その内容以前に「王家!王家!王家!」の連発が話題となった、今年の大河ドラマ「平清盛」。

その用語の歴史的な正確さの是非はともかくも、皇室を王家呼ばわりすることに、多くの人が納得できなかったことでしょう...


#039
無量義経の段 その八

(二)われ転輪聖王

われ転輪聖王

転輪王(または転輪聖王)といえば、あの日本SFの金字塔、光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」(萩尾望都の漫画版も有名ですね)での主人公アシュラ王たちをバックアップする謎の超存在が有名でしょう...


#038
無量義経の段 その八

(一)来たのは誰だ

来たのは誰だ

説法の場所が明かされれば、次はそこに集いし方々の説明にはいります。

まず紹介されるのは大まかな六つのグループ、すなわち...


#037
無量義経の段 その七

(三)お釈迦様のお好みは「中」

お釈迦様のお好みは「中」

教科書の定番、宮澤賢治の「永訣の朝」の有名な一節

おまへがたべるこのふたわんのゆきにわたくしはいまこころからいのるどうかこれが兜率の天の食に変ってやがておまへとみんなとに聖い資糧をもたらすことを...


#036
無量義経の段 その七

(二)舎衛三億

舎衛三億

では後の六十万世帯は佛教とご縁があったのかというと、さにあらず。

その半分の三十万世帯の人々は、ただお釈迦様のことを聞いただけにとどまり、あと半分の三十万世帯だけが、やっとお釈迦様を実際に見ることができたそうです...


#035
無量義経の段 その七

(一)億は億でも

霊鷲山のある王舎城には当時、九億の家があったといいます。

「それってめちゃ多すぎ!すわ捏造!」と突っ込まれる処でしょう。が、実はこれ、億の単位が現在とは違っているのです...


#034
無量義経の段 その六

(四)不滅の霊鷲山

ゆえに佛様はみな必ず霊鷲山を大事な説法の舞台に選ばれるといいます。お釈迦様だけではありません。はるか過去から果てしなき未来まで全ての佛様のメインステージは必ずここ霊鷲山なのです...


#033
無量義経の段 その六

(三)悪に強ければ…

西遊記と封神演義。それぞれの霊鷲山の縁起談に共通ポイント。それは霊鷲山の主は本来は魔物だったということです...


#032
無量義経の段 その六

(二)蓬莱島の羽翼仙(ほうらいうよくせん)

「殷の紂王(ちゅうおう)は七十万騎なれども同体異心なればいくさにまけぬ。周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ」と大聖人様が異体同心のよき実例に挙げられた殷周革命(紀元前一〇六六年)...


#031
無量義経の段 その六

(一)時は紀元前一〇六六

「殷の紂王(ちゅうおう)は七十万騎なれども同体異心なればいくさにまけぬ。周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ」と大聖人様が異体同心のよき実例に挙げられた殷周革命(紀元前一〇六六年)...


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