法華経のお話

第42話 無量義経の段 その九(三)覇王より王者

震旦(しんたん)(中国)の儒教では、武力や策略という力によって天下を取り、世を支配することを覇道と言い、覇道を行う者を覇者、あるいは覇王と言います。(あの北斗四兄弟の長兄も暴力で世紀末の世を支配しようとしたから世紀末覇王と呼ばれたわけです)。

対して徳によって人々を従え、平和裏に世を治めることを王道、王道を行う者こそ王者と言うのです。

徳による感化こそ最上の支配者、力にたよるなど下の下。

震旦では王者は理想の支配者として尊ばれたのです。

それは日本も同様です。江戸時代、朱子学(儒教)が盛んとなることで王道覇道の研究も深まり、武士たちの中には、実は自分たちの拠り所たる徳川幕府こそ覇王であり、皇室こそが尊き王者であることに気付いていきました。

これが後の王政復古の原動力の一つになっていくのです…。

徳によって世を治める、この王者の治世こそ、転輪聖王の統治と重なるものと言えるでしょう。

伯夷と叔斉に否定された武王は、後に孔子から聖者と再評価されたように、徳に染まらぬ凶悪に対しては王者も敢えて力を振るいますが、転輪聖王も又、同様です。

徳に従わない反抗者たちに対しては、猛き戦士たちを遣わし、自身のターンには必殺のゴールドチャクラムを飛ばすと言います。

まさに転輪聖王こそ真に王道を歩む者。その名は帝でも皇でもなく、王道の王こそがふさわしいと言えるでしょう。

そんな転輪聖王の一分として、お釈迦様の法華経説法の場に馳せ参じたと伝えられるのが、武王の周王朝第五番目の王、穆王(ぼくおう)なのです。

塩入幹丈

元霊断院主任
福岡県妙立寺前住職


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