日蓮聖人降誕800年
日蓮宗全国霊断師会連合会
よろこび法話 よろこび法話

#080
心から信じる事の大切さ

富山県利生寺聖徒団 副団長
弘宣局教宣部部員
霊断法解説講師
末吉正道

私は高校、大学とあるマイナーな競技に勤しんでいました。競技を通した人間としての成長は勿論、五輪選手と一緒に練習するなど多くの貴重な経験が出来ました。高校より始めたにも関わらず、全国大会で入賞することも出来ました。余談ですが、この競技を部活として選んだきっかけとなったのは九識霊断法です。

心から信じる事の大切さ

それらの関係からスポーツ指導員という資格を取得し、一応ですが指導者という肩書をいただきました。スポーツ指導員の資格を更新するには、講習を受ける義務があります。その講習を先日受講しました。心理学に基づき、指導者として選手と適切なコミュニケーションが出来るかという内容です。普段勉強する仏教や日蓮宗という内容とは全く違った為、とても新鮮に感じました。そして、世の中には様々な分野で学ぶことが多くあり、自分は知識が狭く全然学びが足りないことを強く感じました。

学ぶと言いますと法華経の九番目に『授学無学人記品』というお経があります。お経の題に「学・無学」と言う言葉が使われています。一般的には、学が有るというと学問を積んだこと、無学と言うと学問の無いという意味に使われています。このお経文での「学」はまだ学ぶことが有ること、反対に無学はもう学ぶことが無い、あらゆる事を修得したと言う意味で使われています。授学無学人記品の中には、まだ学ぶ物事が残っている修行者、もう学ぶ物事が無い修行者が合わせて二千人登場します。どちらもお釈迦様のお弟子ですから、頭が良くて、優秀な修行者達です。

この修行者達は、声聞と言い頭は良いですが、自分の悟りを得る為だけに智慧を深める努力をします。他人を救う、他人が幸せになる為に自分の智慧を使おうという考えを持っていませんでした。この様な振る舞いから、仏に成れない存在とされていました。しかし法華経の教えによってお釈迦様から、未来世に必ず仏(如来)に成ることができると保証をいただきます。修行者たちは、左記の経文のように大喜びします。

世尊は慧の燈明なり 我授記の音を聞きたてまつりて 心に歓喜充満せること 甘露をもつて潅がるるが如し

妙法蓮華経授学無学人記品第九

甘露とは天上の神々の飲むもので、天界にある甘い霊液とされ、不死を得るといわれています。そのような飲み物を貰ったくらい嬉しいと言う表現です。心からの喜びが感じ取れます。しかし、何故お釈迦様は、仏に成れないと言われた声聞に未来世の成仏を保証することが出来たのでしょうか。

それは、この声聞たちは、心底からお釈迦様の存在、法華経の教えに帰依することを理解したからです。理屈ではなく、心と体(行い)で、法華経の教えを得ることを求めたからです。

有解無信とて法門をば解て信心なき者は、更に成仏すべからず。有信無解とて解はなくとも信心あるものは成仏すべし。皆此経の意也、私の言にはあらず。されば二巻には以信得入非己智分とて、智慧第一の舎利弗も、但此経を受持ち信心強盛にして仏になれり。己が智慧にて仏にならずと説給へり。舎利弗だにも智慧にては仏にならず。

新池御書

日蓮大聖人は新池左衛門尉殿に与えられたお手紙に「学問があっても信心が無い人より、学問が無くとも信心のある人の方が仏になれる。これは法華経の第二巻に書いてあり、私の考えではない。一番智慧が優れた頭の良いお弟子であった舎利弗尊者でさえ、信心を以て初めて教えの真髄(仏に成ること)を得ることが出来た」と心から信じることの大切さを説いています。

心から信じる事の大切さ

聖徒の皆様は、子供の頃からお寺に通ってきた方、最近お寺とご縁が結ばれた方と信行経験は様々だと思います。どのような立場であっても、常に心底より御本仏の存在、日蓮大聖人による法華経の教えを信じるという想いをしっかりと持ち、教えを実践する聖徒を目指して頂きたいと思います。それを後押しするのが、倶生神月守と九識霊断法です。月守を着帯し御本仏との繋がりや護りを更に固くし、九識霊断法による御本仏の意思に沿った行動を実践し、充実した生活を過ごして頂きたいと僧侶として霊断師として願っています。聖徒の皆様各々の団長上人と共に、一層の信心増進と菩提心増長への御精進をお願い申し上げます。

※この記事は、教誌よろこび令和4年1月号に掲載された記事です。

イラスト 小川けんいち

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